平和村HPをリニューアル中です!

平和村HPをリニューアル中です!Japanese version of „New Peace Village Homepage“ originally posted on February 7th 2017 ドイツ国際平和村ホームページ・ドイツ語バージョンがリニューアルしました! それに伴い、現在日本語版ホームページが開けません。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。もうしばらくお待ち下さい。 ご寄付、住み込みボランティア(インターンシップ)についてなど、ご質問がありましたら、以下までご連絡いただきますよう、お願い申し上げます。 FRIEDENSDORF INTERNATIONAL≪ドイツ国際平和村≫ Lanterstrasse 21, 46539 Dinslaken, Germany TEL +49-(0)2064-4974-131 FAX +49-(0)2064-4974-999 E-MAIL:  japanpeace@friedensdorf.de (日本語可) FACEBOOK: http://www.facebook.com/friedensdorf.jp … Weiterlesen

ドイツ国際平和村設立から50年

Japanese version of „50 Jahre Friedensdorf – Gestern und Heute“ originally posted on January 1st 2017: ドイツ国際平和村設立から50年 2017年1月1日付 設立から50年が経とうとしているドイツ国際平和村をご支援くださり、誠にありがとうございます。 私たち、ドイツ国際平和村のスタッフはいろいろな世界を行き来しています。私たちが住んでいる世界は、平和に住め、きれいな水が手に入り、空腹が満たされ、必要なものが溢れています。しかし世界の違う場所では、今も銃撃が鳴り響き、地雷があり、戦争が繰り広げられてるのです。水がとても貴重で、多くの人々が毎日空腹という世界もありますし、少数の人々だけがとても裕福で、多くの人々が極貧困層だという世界もあります。 大きな違いは、医療制度にあります。私たちの住む国では、高水準の療法を受けられる可能性が大いにあります。上にあげたような世界では、この可能性はほとんどありません。医師たちが、ほとんどいなくて、病院や医療費に必要なお金もありません。 この50年間、この状況はほとんど変わりませんでした。 平和村設立当初、広島と長崎での原爆投下(1945年)やベトナム戦争(1955年から1975年)の惨事、そしてたくさんの犠牲者から、人々はたくさんのことを学び、今後はより穏やかな世界になってほしいと願っていました。それが、今まで叶っていません。 過去を振り返ると、世界の格差はどんどん広がっています。大変若くして、多くの人に惜しまれながら亡くなった前代表ロナルド・ゲーゲンフルトナーの願いだった、「いつの日か、私たちの施設が必要となくなる。」世界になるまでには、まだ時間がかかりそうです。彼は先見の明があり、ドイツ国際平和村の活動の国際的な関心を広げました。治療を受けたいという子どもたちや家族からの声が増えるたびに、そこが紛争地域であることをより切に感じます。 ドイツ国際平和村では、設立日に50周年のお祝いはしません。その代わりに、2017年7月8日に予定している夏祭り“ピース イン ポット”の際に、式典を挙行する予定です。ドイツ国際平和村が50年も存在し続けることに、祝うべき理由はありません。だからこそ、“50周年の祝典”はあえてしません。本来は、ドイツ国際平和村のような施設があってはいけないのです! 1つだけ、ここで伝えたいことがあります。ドイツ国際平和村もこの50年間、何度も壁にぶつかり、危機的な状況に陥ったことがありました。1971年から1975年まで代表を務め、今のドイツ国際平和村の基盤を整えたペーター・シュトゥ-ベ氏は、ベトナム戦争最後の数日を経験し、治療のために渡独していたベトナムの子どもたちの問題に直面しました。彼らの多くは、この時、母国へ帰国することができなかったのです。 その後の代表ホルスト・アムバウム氏(1977年から1982年まで代表)は、当時の理事たちとこの問題に取り組み、ドイツ国際平和村に残ることになったベトナムの子どもたちが、ドイツ連邦共和国で、今後どのように生活していくか、財政面や職業面について、考えていかなければなりませんでした。この問題に直面している間、ドイツ国際平和村は、財政難に陥っていました。この当時の職員は、給料の支払いを待つこともありました。 これらの全ての問題を解決してきたからこそ、ようやくポジティブな方向へ向かうようになりました。それに、今日まで定期的に支援してくれた支援者、後援者、ボランティアの方々、そして、現地パートナースタッフ、医師、介護士、病院の事務職員、並びにドイツ国際平和村のスタッフ、代理人たちが、私たちの活動の意味をきちんと理解し、これからも共に活動していけるからこそ、これからも問題を解決していけるでしょう。 … Weiterlesen

75回目の援助飛行を行います。 2017年1月26日付

75回目の援助飛行を行います。 Japanese version of „75. HILFSEINSATZ IN AFGHANISTAN“ originally posted on January 26th 2017 先週末、ヨーロッパの右派ポピュリスト党が今年の大選挙をテーマにドイツ・コブレンツに集まりました。また、世界中の人々は、米国の新大統領ドナルド・トランプ氏の動きに驚きを隠せません。このような動向の中、国連はアフガニスタンの現状について報告しました。 最新の国連・人道支援計画によると、2017年はさらに45万人が避難しなければならない状況が予想されています。この数字は、2016年内に既に登録された63万人の国内避難民とは別の新しい数字です。また、アフガニスタン全人口の3分の1にあたる930万人の人々が、今年、困窮状態に陥っています。それは、1日平均約1500人が、地元から避難しなければならない状況と言えます。政府による管理がなされていない地域はさらに増えており、困窮にある人口の約20%の人々と連絡をとることが非常に困難です。さらに、アフガニスタンの40%の人々は十分な食事をとることができず、100万人以上と想定される子どもたちが急性栄養失調を患い医療的な処置が必要です。しかし、多くの場合がその処置を受けることができないのです。なぜなら、アフガニスタンの40%の人々は、この国の健康保険システムに適応されていないからです。 上記の数字の裏には、アフガニスタンの人々の現実が見え隠れします。そして、ドイツ国際平和村は、定期的に援助飛行を行う中で、アフガニスタンの実情を垣間見ています。今週、ドイツ国際平和村は、第75回アフガニスタン援助飛行の準備に入りました。ドイツ国際平和村は、アフガニスタンの子どもたちをドイツに受け入れ、治療の機会を提供する活動を過去30年間行ってきましたが、今も子どもたちが母国で適切な治療を受けることができないことは、悲しい現状です。子どもたちは治療のためにドイツへやってきて、できるだけ早くに治療を終え、母国の家族のもとへ帰ります。 1987年、はじめてアフガニスタンの子どもたちをドイツ国際平和村で受け入れました。その子どもたちは、パキスタンの難民キャンプで暮らしていました。翌年1988年のクリスマスイブには、アフガニスタン・カブールからフランクフルト空港に、アフガニスタンの子どもたちが到着しました。フランクフルト空港からは、ドイツ軍のヘリコプターによって、デュッセルドルフに到着し、そこからノルトラインヴェストファーレン州の各協力病院に搬送されました。最初に子どもたちを受け入れた80年代当時の共産主義政権下のソ連軍駐留時、ムジャヘディンがカブールの街を破壊した時期、タリバン政権下にその後のカルザイ政権下、そして現在も、ドイツ国際平和村は、アフガニスタン現地パートナー団体と協力して、活動を継続できています。それは、ドイツ国際平和村が、非政府団体であり、特別な信条と結びついていないからです。30年間援助活動を続けましたが、アフガニスタンの実情は改善されず、特に困苦にある人々への支援はまだまだ必要です。ドイツ国際平和村はこれからも支援を続けていきます。 ドイツ国際平和村代表トーマス・ヤコブスは、この国の将来を懸念しながら言及します。「軍力を使ってでは、アフガニスタンの問題を解決することはできないでしょう。この国の問題をより深く洞察する眼識や現地の人々を底上げするような力が必要です。」 ドイツ国際平和村の支援を通してドイツにやってきた子どもたちは、治療を通して元気になるだけでなく、平和村での体験も母国に持ち帰ります。それは、「ともに平和に過ごせること」です。 写真:©Uli Preuss